DATE 2008. 9. 8 NO .
「…いきなりあんな事して、びっくりしたんだから」
「加減はしたぞ? 防げるようになった奴がだいぶ増えたみたいで、何よりだ」
「それはそうだけど、じいやさんも飛んできたじゃない」
「…ったく、俺はいつまで『若』なんだ」
エッジの水遁で、稽古場は水浸し。
でも再会してからも感じた事だけれど、エッジは忍術の操作がとてもうまくなっていて、「加減はした」と言ってもそれなりの勢いでもってぶつけた水を、稽古場内の柔らかい土が途切れるその境界線上で収めてみせた。
水を含んで色が変わった部分は、怖いほどにまっすぐで。
「明日の事は俺が一番よくわかってるっての…」
(でも何だかんだで、じいやさんの小言をちゃんと聞いているよね)
こうやって後で文句を言ってはいるけれど、最後まで聞き終えてから前方にいた皆を散開させて、火と風を操って濡れてところどころ抉れた稽古場の土をあっという間に元通りに均してしまった。
それから二人で出て来て、今に至る。
「リディア」
ふいに、エッジの声が低くなる。
見上げた横顔の目つきが、変わった。
「後ろに三匹」
「わかった」
気配はともかく、足音の区別なんて私には出来そうにない。旅をしていた時宿に泊まっても、扉の向こうに立っているのが誰か、声を聞かなくても近づいてくる時の足音でわかるって言ってたっけ。
(来た…!)
「ストップ!」
私の役目は、敵を怯ませる事。出会い頭に黒魔法を当てて、エッジが斬り込む隙をつくる。だからいつもは弱くても詠唱の早いものを使う。
でも、今日は。
いつものように私の黒魔法の発動音と同時に刀を抜いたエッジは、いつものように飛び出していって、次々と魔物の急所に刀身を沈めた。
それから、いつもよりのろのろとした動きで私の方に向き直る。
「なぁ、もうちょっと俺を頼りにしてくれてもよくないかー?」
「私白魔法使えないのに、万が一怪我でもしたらどうするのよ!」
「ここの奴らは雑魚だから大丈夫だって」
「……じゃあ、その眼の傷の理由を教えてくれたら、次からいつも通りにする」
「ぐ…っ、またそれか……」
この話を持ち出すと、だいたい勝てる。
…今日も教えてくれる気はなさそうだけど。
魔物もだいぶおとなしくなったものの、いなくなったわけじゃない。エッジはよく周辺地域の魔物討伐に出ていたと聞いたから、その時の怪我かな、とも思ったんだけど。
(それなら別に、そこまで頑なに隠さなくてもいいような…)
その討伐隊に私が参加する時は、じいやさんがものすごくびっくりしていたっけ。
――そう、怒られなかった。
『…さすが若の惚れこむお方。縁談をお持ちしてもなかなか聞いて下さらなかった理由が、今ならわかるような気がいたします』
『リディア様、どうか若を――エドワード様を、よろしくお願いします』
私にとっては見知らぬ人のようにさえ聞こえる、その「名前」。それを口にする直前のじいやさんの表情は、見覚えがある。
…正確には、違うか。あの時の私は、違う事で頭がいっぱいだった。
聞き覚えがあったのかな。
バブイルの塔でエッジを見送るじいやさんのあたたかい声を、思い出して。
かつての「町」を通り抜け、どんどん奥へと進む。
「そういえば、エッジが稽古をつけてるって聞いてあれだけ皆集まってきたのに、ゲッコウさん達はいなかったね」
この前の旅の合間にも、事あるごとにエッジにいろいろ聞いていた。エッジから何かを学び取ろうとする四人の懸命な姿は、エブラーナに来てから見たどの姿よりも印象に残っている。
「あぁ、あいつらは出迎え役にしたからな。今日から港に詰めているはずだ」
「そっか」
「『エブラーナの威容を示してご覧にいれまする』だとか何とか、それは堅苦しい事この上なかったぞ」
ザンゲツさんらしき口真似をしながら、エッジは面白そうに笑っている。
「でも、必要な事ではあるでしょ?」
だからか、私がそう言うと、一瞬きょとんとしたような表情を見せた。
「まぁ、な……でもリディアがそう言うと、何か変な感じだな」
「何それ、私だってエッジを支えられるように頑張って勉強してるのに!」
「そう怒るなって、悪かったよ! ……リディアの事、頼りにしてるさ」
ちゃんと支えてみせるよ。
自分の正確な年齢もよくわからないような私だけど。
じいやさんに負けないように、がんばるから。
「――お、着いたな」
ひっそりと建つお墓に歩み寄る時、一瞬垣間見えるエッジの横顔。
複雑な、笑顔。
もう二度と、エッジがあんな想いをしないでいいように。
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